郵政法案と宗教裁判

○○さま
 政治家の専門性とは何でしょうか?
 与党の中で今回の郵政法案に確信を持って反対した方は、この法案が不備であると主張して反対したはずです。郵政改革という全体の動きに反対したとは限りません。この判断は、立法責任者としての議員の専門的な判断だと私は思います。
 それを、選挙民の世論が異なっていたからといって、賛成に転じるのは、筋違いだと思います。自分の専門的判断が間違いだったと認めることになるでしょう。あくまで、修正案を出すべきだと思います。
 もともと変えてもよい程度のことならば、党議拘束を優先させ、解散前に賛成または棄権してもよかったのではないでしょうか。党議拘束に逆らい、あえて反対したということは、あの法案に大きな問題があると確信したからではないのでしょうか?
 政権政党と首相の圧力によって立法者としての専門的判断を変えるということは、政治家としての責任を放棄することです。いわば、科学者に真理と異なる見解を述べよというようなものです。
 これこそ、首相が仕掛けた宗教裁判だと思います。それに屈するかどうかは、立法家*1としての使命感と自覚があるかどうかの問題です。

*1:2005.11.6誤字修正