中西裁判についての感想

 郵送していただいた雑感286など資料を拝読しました。松井さんのほうの最大の主張は、自分が原論文を読まずに新聞記事を鵜呑みにしたような記述をされ、学者としての名誉を傷つけられたというものだと思います。ですから、主にこの点についての感想を述べます。
 結論から言えば、雑感にある「専門家や学者は、その際、新聞やTVの記事ではなく、自分で読んで伝えてほしい。でなければ専門家ではない」という表現は、何も知らない人が読めば、そのように読めないとはいえません。したがって、松井さんが不愉快に感じたり、文言の訂正を求める気になったとすれば、それは理解できます。けれども、中西さんの真意は「単に新聞記事を示すのではなくて自分で読んで理解した内容を伝えてほしい」という意味だと思います。語弊があるとはいえ、関係者の間では上記のような誤解は生じないでしょう。中西さんが上記雑感を削除した後で、裁判に訴えるべきものではないと思います。
 また、雑感では、この文章の後に実際に原論文を読まずに市民講座などで引用する講師がいると指摘していますが、「もう一つ気になることがある」とした上で論述しているので、これが松井さんのことを含まないことは、両者を知るものには明白だと思います。
 「科学者ともあろうものが新聞記事を根拠にするな」というような主張は、中西さんだけでなく、多くの学者が共有しています。以前私が愛知万博環境影響評価会の委員をしていたとき、パリの国際事務局が愛知万博の計画を問題視していると報道されました。それを評価会で紹介したときに座長から上記のように叱られ、評価会では事務方から反対の説明を受けて*1、結果として問題が大きくなってしまったことがあります。
 しかし、原論文について新聞記事が正確な引用をしていると判断した場合、学会主催の公開講演会の場で新聞記事を引用することを、私は必ずしも不適切だとは思いません。ただし、専門家も聞いているのですから、それが何の論文についての紹介であるのか、原論文を確認できるように紹介すべきです。中西さんの雑感246では、それが確認できなかったことが読み取れます。そのような形での新聞記事の引用は、学会の場では不適切であると私は思いますし、中西さんが不満に思ったことは理解できます。これだけ問題になっているのですから、松井さんはどの論文のことなのか今からでも社会に明らかにすべきです。
 最後に、この原訴訟についての原告代理人弁護士のプレスリリースに、中西さんが「環境ホルモン問題は終わった」という間違いを犯しているから、「中西氏のこのような誤りを断じて見過ごすことはできないものと考え、貴重な研究時間を割いて、敢えて本件提訴に踏み切った」と書かれていることには驚きました。要するに、これは学問論争を裁判の場に持ち込もうとしたということです。私は、松井さんのいる京都大学の出身ですが、京都大学は学問の自由を何よりも大事にする大学であると思い、その学風を愛していました。その京都大学の現職教授が上記のような理由で裁判に訴えたことは、たいへん残念です。
 以上、私の感想を申し上げました。ご参考まで
 2006年3月29日 横浜国立大学教授 松田裕之

*1:2005年日本国際博覧会に係る環境影響評価会 環境影響評価書意見検討会(第 7回) 議事要旨 「BIEからも可能な限り開催5年前に登録するよう要請されている。(後刻、報告書取りまとめの段階で「要請」を「期待」に訂正。)」