『旧字力、旧仮名力』(青木逸平、生活人新書、2005)文科省所轄の常用漢字がいかに漢字の字源を無視して作られているか、常用外漢字との字体の不統一、法務省所轄の人名用漢字、経済省所轄のJIS企画との理念の不統一について、旧字の説明とともに書かれている。また、旧仮名についても、漢字を多用すればそれなりに現代人でも書けるようにわかりやすく説明している。「その様なことのない よう にしている」の「様」と「よう」の使い分けなど、新かなでは語源と文法がわからない言葉も、漢字や旧かなを使えば自然に覚えてしまうことがわかる。特に、ワープロで旧字、旧仮名を入力するときの不便は説得力があった。「棟梁」と「練習」の「東」の旁が旧字で異なることは、新字では音から類推する。「専門」の「専」に点をつけたり、「斉」の旧字を「齋」と誤解するようなことは、本来は普段自分が使っている漢字を正しく理解していれば犯さない。「単」「学」「営」の「ツ」、「仏」と「広」の「ム」がもとは全く違う部首であることは、中国簡体字では区別されているが、常用漢字では区別が失われている。残念ながら、この本に感化されても、ワープロで旧字や旧仮名を打つのは至難の業だ。ぜひ、旧字旧仮名に対応した入力ソフトが普及してほしいものである。少なくとも、旧字は名簿を作る際には実際に必要だ。JISコードを別にするか、同じJISコードの別フォントとして提供するかは意見が分かれるかもしれないが、おそらくは前者になるのだろう。あとは、変換ソフト(Internet Browzerを含む)があれば、何とでもなる。
聞けば、日本語と朝鮮語の自動翻訳はかなり精度がよいらしい。もともと文法も単語も共通性が高いのだろう。その割りに、我々日本人はあまりに朝鮮語を知らなさ過ぎる。