羽生善治と森内俊之は永世名人になれるだろうか?

Date: Sun, 30 Jul 2006 10:10:18 +0900(文中敬称略)
 元将棋7冠王の羽生善治が若いころはとことん考えたが、今は勘で指すようなことを言っていました。たぶん、彼は若いころのほうが強かったのだと思います。とことん考える体力(脳力)が衰えたのでしょう。プロ将棋は1局指すと体重が3kg落ちるという超重頭脳労働ですから。だから、勘に頼るようになった野田と思います。30歳代になっても思考のみに頼ると、体力の衰退に比例して、勘に頼るよりもっと弱くなっていたのだと思います。これも一つの条件付最適戦略(年齢により最適戦略が変わるという進化生態学の理論)でしょう。しかし、洞察力の伸びが脳力低下を上回ることがないとすれば、7冠時代より弱いはずです。それでも、未だに棋界の第一人者であるというのはすごいことです。若い人に彼ほどの逸材がいないということになります。同時に、同い年の森内名人のほうが、洞察力では羽生よりも勝り始めているのかもしれません。
 羽生と森内はどちらもあと1期名人位を取れば永世名人の称号資格を得ます。7冠時代、羽生が取るのは時間の問題と誰も疑いませんでした。今ではどちらが先にとるかが棋界の関心事ですが、おそらく、多くの人はどちらも18世、19世名人のどちらかの資格を取れると思っていることでしょう。しかし、そうではないかもしれません。次期名人になれなかったほうは、二度と名人になれないこともありえます。それは「若手」の育ち方によります。昔、米長邦雄が50歳代で一度名人位に就きましたが、若いときの才能とは別です。晩年の升田幸三は「新手1勝」という手段でしか名人戦に臨めなかった。加藤一二三は18歳から60歳代までA級に在位していましたが、最後に陥落してからはさすがに輝きを失いました。体力と迫力漲る加藤が中原誠から死闘10番勝負で名人位を奪ったとき、大山康晴は冷静に次期防衛できるかどうかが問題だ(そうでなければフロックとみなされる)と言い切りました(結果は防衛失敗)。歴代名人位とは、一流を超えた厳しい地位なのでしょう。 その意味では、相撲の北の湖が全盛期を過ぎた後に引退を頑なに拒み、その後一度だけ優勝できたのはすごいことだと思いました。