よい指導者の条件とは

 私は小学生のころから中日ドラゴンズのファンである。私の上司だった九大の巌佐庸教授、なくなった東大海洋研の松宮義晴教授もそうだった。3人とも、特に愛知に地縁はない。松宮教授は熱心なファンで、全国の球場に出向いて応援の先頭に立っていたらしい。急逝した日も中日がエース野口で負けて怒って帰宅し、そのまま帰らぬ人になったという。
 私は球場に向かうほどのファンではない。もともと、巨人と(相撲の)大鵬が好きだった。しかし常勝巨人は応援してもつまらないとあるとき思い立ち、ちょうどそのとき最下位だった中日を応援することにした。それが、9連覇していた巨人の10連覇を阻み、球団史二度目の【リーグ】優勝を遂げて以来、本当のファンになった。
 その前年、阪神が優勝に王手をかけ、残り2試合で連敗しなければ優勝という状態だった。ところが連敗して優勝を逃した。後で聞いた話だが、後に私の恩師となった故寺本英京大教授は、熱心な阪神ファンで、優勝を逃したら坊主になると宣言していて、本当に頭を丸めたという。
 私が寺本研究室の大学院生時代、阪神は毎年最下位争いをしていた。次期監督でもめていたとき、私が先生に誰が次期監督かと聞くと、「知らん、俺に話が来ん」と言う。あの調子なら、本当に依頼されたら、教授を辞めかねない。
 寺本さんはよく、大学院入試の面接のとき、スポーツはすきかと尋ねる。「はい」と答えるとあからさまに好意的になる。そして「来年はよい選手が入ってくる」などという。彼はきわめて「シャイ」な人間で、自己顕示欲がない。学生の指導も、まるで空気のように指導する。つまり学生の側が教わったという自覚を遺さぬようにする。あまりに露骨なやらせと思うときもあるが、実に巧みだ。弟子がへまをすると、当人に気づかれぬように奔走する。後で事務員に、教授がどれだけ動いたか聞いて愕然としたことが何度かあった。今の私には、到底まねができていない。
 巨人10連覇を阻止した与那嶺監督は、やめるときにあからさまな不利なトレードを行い、中日の戦力をそいだ。あれはひどかった。次に中日の優勝監督だった故近藤貞雄は、西武の広岡監督との日本シリーズで監督論を展開し、「広岡は鵜匠、自分は鷹匠、縄もつけないが、ときどき戻ってこない選手がいる」などといっていた。名言だと思う。次に中日を2度リーグ優勝させた星野監督は、乱闘になりそうだと真っ先に飛び出して自ら喧嘩し、それで選手を落ち着かせていた。部下の責任はすべて自分の責任と明言できる名監督だったと思う。ちなみに、彼が仕切ったNHKのスポーツニュースも見事な采配だった。
 落合監督になって、私は正直心配だった。あのような職人肌の天才が、自分より才能のない選手を引き立てられるのかと思った*1。しかし、この3年間の采配は見事である。負けてもじっとベンチに座っている姿がニュースによく出てくるが、あれがよいのだろう。
 よい指導者とは、まず、上意下達でないことだと思う。部下に頑固で、上司に甘いのは最悪だ。部下からも上司からも突き上げられて、じっと耐える人のほうがまだよい。以前、ある部長格の人が、自分の秘書に「あれであんなに高い給料もらえるのか」と陰口をたたかれていた。しかし、あれだけ上下からの突き上げを全部受け止めるだけでも立派なものだ。あの小さなお腹で、よく胃潰瘍にならないものだと感心した。我が恩師は、阪神の監督は無理でも、部下を自由に研究させた点では最高だった。
 指導者も、分をわきまえるのが大切だ。よい指導者の真似をすればよいというものではない。自分の器にあった指導が必要だ。指導者が、まず自分の保身を図るようでは、うまく行かない。自分のほうが偉いなどと自己顕示するようでは最低だ。監督は自分でプレーするわけではない。選手のやる気を引き出し、勝負の機微を理解した采配を振るうことが大切だ。スポーツは確率のゲームである。ほとんどの場合、常勝はできない。しかし、勝率を高めるのは監督の采配である。そして、今日の勝ち方、負け方が、明日の勝率を左右することを理解すべきだろう。
 落合監督王監督日本シリーズを見ることができるだろうか。どちらも、きわめて立派な監督だと思う。二人を比較できれば、落合監督の価値と限界がもっと理解できるだろう。王監督の回復を望む。
 いずれにしても、早々と独走になった中日を、最後は2ゲーム差まで詰め寄った阪神は見事である。最近は20勝5敗とか(そのうち3敗は中日から)。諦めない姿勢と、それを支えるファンの姿は文字通りセリーグを支えた。最後まで盛り上げた阪神に感謝する。この緊張感を、中日は日本シリーズに生かして欲しい。

*1:2006.10.25 2戦目、3戦目は完全に中日の気合負け。流れは最悪だ。落合監督自身が最も緊張し、未熟な采配で誤っている。2試合とも、監督が投手のところに行き、続投させて失点しているのだから、典型的なミスである。平常心も闘争心も失って監督自らへらへらしている。見事なのは日本ハムの新人八木だ。リードされながら、行き詰る接戦で見事最年長エース山本昌に投げ勝った。2戦目中日の2度のバントミスが3戦目の3併殺を生んだ。しかし、流れはきっともう一度中日に戻るだろう。そのとき、両者がその流れをどう見極めるかが見所だ