リスク分散が肝要

松田裕之 リスク分散が肝要 . 日本水産学会誌特集「変動する資源の有効利用」. 73:776
 マイワシの資源管理を例に、我々生態学者の自然観は大いに鍛えられた。変動するマイワシ資源に象徴されるように、生態系は不確実、非定常、複雑である。資源量推定は不正確であり、翌年の加入量は海況に大きく左右され、マイワシを含む小型浮魚類の資源は膨大で、上位捕食者の摂食量は漁獲量よりずっと多く、海洋生態系を支えている。マイワシやサンマは高水準期には採算割れするほどたくさん獲れ、生物学的許容漁獲量(ABC)を消化できない。半面、低水準期のABCは漁業者の生活が維持できないほど少なくなる。結果として、マイワシとマサバの乱獲を続けている。水産総合研究センターの魚種別系群別資源評価では、マサバ太平洋系群について「1992年と1996年の卓越年級群により30万トン程度まで増加した年もあるが、未成魚時に多獲され、増加は一時的であった」と、乱獲によって資源回復が妨げられたことが明言されている。
 資源が大きく変動するために、禁漁しても減る年もあれば、豊漁貧乏になっても増え続ける年もある。漁業者はマイワシの資源管理の必要性に疑問を投げかけてきた。しかし、投資などと同じで、変動するから管理は不要ということはない。適切な管理を行うことで、資源を有効に利用できる確率が増える。一攫千金といわれる漁業に従事するものが、確率論を無視した議論をするのは不思議である。
 とはいえ、生業とする以上、全く獲らないわけにはいかない。ではどうすればよいか。これも投資と同じで、リスクを分散させることが肝要である。すなわち、ひとつの魚種だけに固執せず、そのとき多い魚種を柔軟に利用すればよい。ミンククジラなどは1970年代にはマサバ、80年代にはマイワシ、90年代にはカタクチイワシなどと、そのときに多い餌を主に利用している。そのためには、資源管理学も、単一魚種の理論から、多魚種管理、生態系管理へと研究を発展させることが必要である。
 減少期のマイワシ資源の漁獲量の決め方についても、成長乱獲を避けるべき点は自明であり、漁獲量一定方策の不合理はすでに減少期のマサバを例に私が示している(Matsuda et al. 1992 Can J Fish Aq Sci 49:1796-1800)が、MSYを前提にしたABCもまた適当ではない。その点は、資源学者も水産庁担当者も審議会委員もよく理解しておくべきであろう。