水産学会誌の議論

Date: Sat, 27 Sep 2014 15:53:28 +0900
日本水産中央研究所の永野一郎博士、東北海区水産研究所の柴田泰宙博士と私が共著で日本水産学会誌に寄稿した「ペルーアンチョベータの資源管理」では、ペルーがアンチョベータの漁獲割当量をIVQ(個別漁船漁獲枠)制度を導入し、乱獲を防いでいる最近の取り組みを紹介しました。昨年12月の海洋政策学会での口頭発表はみなと新聞12月10日付1面に紹介され、関連記事をアクアネット誌3月号にも載せています。
 これに対して、東北大学名誉教授の川崎健先生らが日水誌5号に批評していただきました。(私どもの著者名で「永野」が一貫して「水野」となっていました)
 ペルーのアンチョベータは日本のカタクチイワシとほぼ同期して資源量が変動し、マイワシ類との魚種交替(交代)現象が知られています。それを紹介された後で、「資源管理が近年のアンチョベータ資源高水準期の漁業の安定に一定の役割を果たしていることを否定するものではないが、・・自然の摂理によって長期の大規模な資源変動を行っていることを見逃してはならないし、このことを無視した「資源管理」には意味がない」と述べています。
 レジームシフトなどによる資源量の大きな自然変動を伴う魚種について、定常状態を想定した資源管理の理論が適用できないことは、日本のマイワシなどでも長年議論されてきました。端的に言えば「資源は増えるときはいくらとっても増えるし、減るときは禁漁しても減る」のです。しかし、資源の減少要因が環境変化か乱獲かという二者択一の議論もまた、意味がありません。これは乱獲から目を背ける手段としても使われていると思います。資源管理は確率事象を考慮したリスク管理であり、これは賭け事も含めて同じことです。「運が良ければ素人でも勝つが、悪ければ玄人でも負ける」からと言って、賭け事に技術が不要とは言えません。
 日本の資源評価は、Kawai et al (2003) のマサバ資源管理の論文などを経て、「漁業方針ごとに一通りの未来を描く」ことから「資源回復確率」を示す方法に代わりつつあります。マサバは1990年代の二度の卓越年級群発生でも獲りすぎによって資源回復に失敗したとされ、資源管理の必要性が漁業者にも広く認められるようになりました。近年、ようやくマサバ資源は回復しました。
 日本のマイワシ太平洋系群では、1989年から4年連続して加入がほとんどない年が続き、資源が崩壊しました。漁獲対象の成魚が減ったのではありませんから、その理由は海洋環境でしょう。しかし、その後は産卵親魚量に応じた加入があります。にもかかわらず資源は減り続けました(松田、2009,2012)。その理由は乱獲にあると言えます。このように、複合的な要因が絡みます。
 川崎・片山論文が指摘される通り、管理していても、いずれアンチョベータ資源が崩壊する時代は来るでしょう。永野ら(2013)でも海洋環境に応じた資源変動について真っ先に紹介しています。しかし、だから資源管理が「無意味」とは言えません。加入量の短期的な変動に備えて漁獲可能量を定め、それを漁船ごとに割り当てる方法は有効です。まして毎年高水準か低水準かが予測がつかないのではなく、十年程度で高水準期と低水準期が入れ替わるとすれば、それぞれのレジームに応じた環境収容力を定めた漁獲枠の設定は、レジームシフトが起こるまでの間は有効でしょう。水研センターによる平成25年度の太平洋系群の資源評価では、Yatsu & Kaeriyama (2005) を引用しつつ「1990年代に獲り控えていたら、現状よりも資源が増えた可能性が高いという指摘がある」と述べています。自然変動と資源管理は相反するものではありません。両者を取り入れたのが、資源のリスク管理の理論なのです。
 もちろん、魚種交替が事前に予測できれば、さらに資源管理の有効性は増すことでしょう。その研究の進捗にも期待しています。

 Yatsu, A and M. Kaeriyama (2005) Linkages between coastal and open-ocean habitats and dynamics of Japanese stocks of chum salmon and Japanese sardine. Deep-Sea Res. II, 52, 727-737
 松田裕之(2009) サンマはいつまで豊漁か?漁獲量の変動と環境にやさしい漁業の未来. エコロジー講座2「生きものの数の不思議を解き明かす」(日本生態学会編、島田 卓哉・齊藤隆責任編集)文一総合出版. 58-69.
 松田裕之(2012) 海の保全生態学. 東京大学出版会.
 永野一郎・柴田泰宙・松田裕之 (2013) ペルーアンチョベータの資源管理. 日本水産学会誌. 79:1061-65.
 川崎健・片山和史(2014)ペルーアンチョビー資源変動の地球放送科学的理解.日本水産学会誌, 80(5) 854-857