現実を直視せず、「間違い」とみなす『科学』7月号のCITES批判

Date: Thu, 22 Jul 2010 13:02:14 +0900
 岩波科学7月号のオピニオン「クロマグロを巡る資源管理・国際政治・メディア報道−ワシントン条約第15回締約国会議の評価」(石川敦・井田徹治・勝川俊雄)*1は、今年3月の同会議(以下、COP15)で大西洋クロマグロの附属書I掲載動議が否決されたことを紹介している。この記事は、残念ながら事実の歪曲と分析の欠如に満ちている。資源管理、国際政治、メディア 報道の3部構成となっており、順を追って紹介と批判を述べる。
 まず資源管理では、西大西洋クロマグロは1996年に絶滅危惧種に指定され、漁業規制する時間は十分あったとあるが、当時はクロマグロシロナガスクジラより絶滅の恐れが高いとした判定に異論が出て、判定した国際自然保護連合(IUCN)の信用は絶滅寸前という科学者の手紙がNature誌に出た。絶滅危惧種指定は環境団体の宣伝材料にはなったが、資源管理の場では科学的信用を損なっただけである。それと、今回FAO専門家パネルがクロマグロ掲載を妥当とした判断は意味が全く違う。
 また、「現在の漁獲が続けば、数年内に、東大西洋・地中海系群は消滅すると言うのが、研究者の一致した見解である」と述べている。たしかに当該系群は最近数年間で激減しており、現在の漁獲が続けばあと数年で資源が「枯渇」する勢いである。しかし、「消滅」するという見解で研究者が一致しているという根拠はどこにあるのか。私は数年でこの系群が消滅するとは思わない。
 次に国際政治だが、日本政府の主張を4つ列挙して批判している。第一にCITESの役割について、「ICCATではできない禁輸措置をCITESでして資源管理を補完するもの」と述べている。たしかに附属書II(輸出許可)ならその通りだが、附属書I(禁輸)にいったん載れば歴史的に見て容易に解除されない。是非はともかく、附属書I掲載は持続的利用と対立し、補完していない事例は多々ある。典型例は2008年にIUCNの絶滅危惧種から外れたアフリカゾウである。
 第二にクロマグロが掲載されると他の生物の掲載に波及すると(日本政府は)指摘したが、「クロマグロの掲載と他の資源は無関係」という。他の生物の問題と分けて考えるべきだと言う主張ならば理解できるが、現実に波及を警戒して反対した勢力がいなかったというのは適当ではない。典型例は豪州である。強行な反捕鯨国である豪州が大西洋クロマグロ掲載に反対した理由は、自国のミナミマグロへの波及を警戒したためと考えられる。波及の否定は筆者自身の価値観であり、現実の国際政治を分析したものではない。
 第三に、日本政府が附属書掲載の科学的裏づけに乏しいと主張したことを間違いと述べているが、大西洋クロマグロの提案書を読むと、昔の資源量がきわめて多いと評価され、減少分が当時からの累積漁獲量よりも多くなっている。それが事実ならば、マグロ減少の理由は乱獲ではないことになるだろう。日本政府が主張したのはその点であり、この点に対する反論を私は知らない。附属書Iの掲載基準を満たすという判断が生物学的に妥当としても、その分析のすべてが正しいとは限らない。
 最後に、「輸出に頼らざるを得ない途上国には不公平」という日本の主張は間違いで、クロマグロは畜養しているから、禁輸で困るのはEU諸国で途上国ではないと述べている。CITESで水産資源を禁輸することが途上国の不利益になることは、今回提案されて否決されたアブラツノザメでも指摘された。そもそもEUは執行を猶予してICCATが更なる規制を実現すれば掲載しないとする修正案を出し、即時附属書掲載のモナコ原案に反対した。この修正案は途上国への配慮ではない。筆者の議論では、なぜ途上国が今回は日本に同調したかと言う分析がない。
 次にメディア報道。資源が減った責任を棚に上げて「日本の外交的な勝利」という世論が日本で形成されたのは、不勉強で一方的な報道のせいだという。少なくとも今年の会議については、日本政府は外交的に勝利した。これは客観的事実である。しかし、その直後にほとんどの全国紙の社説は日本の資源管理や消費者の責任を指摘している。また、日本政府もクロマグロの資源管理の重要性を認識し、既にさまざまに動いている。5月11日付の水産庁の声明「太平洋クロマグロの管理強化についての対応」は環境団体も一定の評価をしている。「世論が浮かれている」と言う点も「それが報道のせい」というのも、具体的事実を例示しない筆者の一方的な見方である。
 結局、この記事は何が言いたいのだろうか。現実を「間違い」と批判しても現実は変わらない。大西洋クロマグロはCITESで掲載すべきだったと言いたいならば、CITESの趣旨と判定基準、大西洋クロマグロの現状を分析すればよい。大西洋クロマグロの現状については資源量が激減し、科学者の勧告が管理機関に無視され、畜養を通じて漁獲量がごまかされてきた実態が手短に紹介されている。趣旨については、附属書Iに掲載することが資源管理を補完すると言う指摘は実態を見ていない。既に国際資源管理機関は管理に繰り返し失敗しているのだから、禁輸もやむをえないと言う主張のほうに説得力がある。
 単なる政府批判の評論や敗北の愚痴でないとすれば、科学者が妥当と認めた大西洋クロマグロの禁輸措置が締約国会議で否決された現実から、その政治力学を分析し、今後の課題を論じることが求められるだろう。日本政府は外交的に「勝利」したが、CITESは約2年おきに開かれる。今後も締約国間の対立が続くだろう。途上国は歴史的に日本の味方ではなかった。今回でさえ、他の生物種についてはさまざまな投票行動があり、締約国がそれぞれ判断して投票していることが伺える。附属書掲載に必要な2/3に僅差で届かない種もあった。否決された後で必要なことは、大西洋クロマグロの資源管理を成功させる上で必要な手を打つことだ。今回の記事はそれに全く触れていない。
 *2執筆者に必要なのは愚痴を言うことではなく、マグロ漁業者に責任ある行動をとらせる具体的な提案である。今回、自分たちは負けたと率直に認めた日本の環境団体のほうが、この記事よりも未来に向かう責任感がある。
(以上)

*1:7/25著者順の誤りを訂正しました。8/6著者名の誤植を修正しました。失礼しました

*2:7/25以下の文言を削除します。「このような記事を読んでも、日本政府は本来得られるはずのない勝利を得たと読み、反省するどころか、気持ちを抑えきれずに勝ち誇ってしまうだけだろう。」