内閣府食品安全委員会「放射性物質の食品健康影響評価」意見

2011年8月24日*1
食品安全委員会放射性物質の食品健康影響評価に関するワーキンググループ「食品中に含まれる放射性物質評価書(案)」(2011年7月)を拝見しました。膨大な資料で大変勉強になります。

  1. 報告書の結論として「以上から、本ワーキンググループが検討した範囲においては、放射線による影響が見いだされているのは、通常の一般生活において受ける放射線量を除いた生涯における累積の実効線量として、おおよそ100 mSv 以上と判断した」とあります。上記の文は、少なくとも成人の場合、100mSv以下の場合には影響が見出されないことを述べただけであって、100mSv以上の場合に対策が必要とは書かれていません。それ以上の被曝線量においても影響がないとする報告も紹介されています。しかし、報道によれば、これが今後のさまざまな放射線対策で生涯被曝量が100mSv以上の場合に対策を講じる根拠となると指摘されています(日経新聞7月26日、毎日新聞7月27日など)。
  2. 今回の答申は一般論ではなく、「東京電力福島第一原子力発電所において事故が発生し、周辺環境から通常よりも高い程度の放射能が検出されたことを受けて」出されたものと明記されています。前項結論にあるの生涯100mSvは、緊急時におけるICRPの参考レベル(年間20-100mSv)よりもずっと低いものであり、平常時における拘束値(年間1mSv)にほぼ一致します。この点について、「食品健康影響評価は、食品の摂取に伴うヒトの健康に及ぼす影響についての評価を行うものであって、本来は、緊急時であるか、平時であるかによって、評価の基準などが変わる性格のものではない」(20頁)と述べています。平常時においては、基準値ぎりぎりの食品を日常的に摂取した場合に無視できない影響が及ばないように設定されると思います。しかし、緊急時においては、基準値ぎりぎりの食品もそれ以下の食品も含めて実際に摂取した場合に、どれだけのリスクがあるかを検討すべきであると考えます。
  3. ICRP(2007)によれば、基準値を定める際に、正当化、最適化、線量限度適用という3つの原則によって定められます。正当化原則がなければ、社会的に利益を生む事業もそうでない事業も区別がなくなり、医療や国際線の被曝も正当化できなくなります。最適化原則がなければ、被曝線量と発癌率が比例関係にあるならば、基準値は低いほどよいことになります。線量限度適用原則がなければ、個人の総被曝量を社会として制御できないことになります。この3原則について、本答申には明確な引用がありません。
  4. 発癌の最大の要因は放射線被曝ではなく、ストレスなどほかの要因にあることは周知の事実です。生涯100mSvを上限とする場合、避難対象となる人口および規制対象とする食品はかなりのものになるでしょう。そして、今回の事故を受けての答申ですから、それはある程度計算可能であり、それと比較しなければ、被曝する線量と人数を経済的社会的要因を考えて合理的に達成できる限り低く保つという最適化原則は達成できません。
  5. 外部被曝内部被曝を分けずに総量で生涯100mSv(ただし自然被曝は含まない)としたことから、この1年間にある程度の被曝をした方(たとえばICRPの参考レベルの年間20mSv)にとって、今後の被曝がかりに半減期30年のCs-137によるものとすれば、2年目の年間被曝量は2mSvに制限せねばなりません。これは外部被曝のみならば2012年春の時点で約20μSv/h以上の地域であり、限定的ですが、その周辺の場所の住民は食品などからの内部被曝をその分だけ他の人より制限すべきことになります。野菜や魚の摂取不足やストレスによる健康リスクは無視できないでしょう。この点は、すでにマスコミも取り上げていることです。
  6. もし、基準値ぎりぎりの食品を日常的に食べ続けるという前提で、しかも生涯被曝線量を100mSvとするならば、現在の野菜と肉、魚などの暫定基準(500Bq/kg)を大幅に引き下げる必要が生じると思います。それは農業と漁業をより広い範囲で規制することを意味します。
  7. このような答申を出す場合、その専門性の範囲、すなわち考慮した側面としなかった側面を明記し、後者については別の場で検討すべきことを強調すべきです。

 今回の原発事故の最大の影響は、風評被害も含めた経済活動の停滞と分断、避難、転勤、児童の転校、家族の別居、大勢の原発作業員の職業被曝、今後の国内外のエネルギー政策の見直しなどを含めた社会経済的影響です。社会経済エネルギー安保の面からも、原発行政は見直しを迫られているといえます。
 以上の点から、報道されているように、もしも今回の報告書を根拠に生涯100mSvを上限とするような政策をとることになるとすれば、包括的な対策の必要性を認識せず、この報告書によってもたらされるだろう対策によって生じる新たな問題に言及しない、縦割り行政の典型と言わざるを得ません。今回の原発事故を受けて、包括的な安全対策に寄与することが不十分だったことを反省することが多方面の科学者の出発点であるべきにもかかわらず、多くの被災者と避難民と不安を抱えた多くの市民が存在する今日に至ってまで、日本の原子力行政が包括的な視点での対策をとられないことを危惧します。

上記を踏まえて、以下の点を質問いたします。
1.報道されているように、生涯100mSv以上の場合に対策が必要ということを含意しているかどうか、明確にしていただきたいと思います。
2.本答申は、食品からの摂取のみについて検討しているように見える部分がありながら、結論としては、自然被曝以外のすべての被曝線量について言及しています。それでは、自然被曝以外の被曝すべてについて、平常時と緊急時の区別が必要ないと考えていらっしゃるのか、明確にしていただきたいと思います。
3.この答申が、正当化、最適化、線量限度適用というICRPの3つの原則を尊重されて議論されたものかどうかを、明確にしていただきたいと思います。
4.避難対象となる人口および規制対象とする食品を具体的に計算されたのか、されたとすればその結果を教えてください。もしも、ICRPの最適化原則を尊重し、かつ今回の事故を踏まえた答申であるならば、これは計算されていると期待します。
5.内部被曝外部被曝を分けた答申を行わない理由を明確にしてください。年間1.25mSvを基準とする場合、福島県住民にとって外部被曝量(の地域差)は無視できないものになります。
6.この答申から、今後の食品の放射線濃度の基準をどのように定めるつもりか、具体的には今より厳しい基準とする予定があるかどうか、明確にしてください。
7.この答申には考慮されず、別の専門家集団によって考慮すべきと考えられる諸点があれば、それらを列挙してください。
以上、よろしくご検討のほど、お願い申しあげます。

*1:下記を投書しようとしたら、字数制限があって全部はできませんでした。全文を以下に紹介します