国際哺乳類学会ゼー女史の講演

Date: Thu, 4 Aug 2005 13:18:10 +0900
皆様、札幌より松田裕之です
 7月31日から札幌市で開催されている国際哺乳類学会で、8月4日朝、元国際捕鯨委員会科学省委員会議長のジュディー・ゼー博士が「鯨類と捕鯨者を管理することができるか?」と題した全体講演を行いました。その日の午後には鯨類の企画講演があり、多くの鯨類研究者だけでなく、反捕鯨の立場の人も聴きに来ていました。以下はあくまで私個人の印象です。参加された方で、訂正すべき点がありましたらご指摘ください。
 【】彼女の話が始まった。まず、捕鯨先住民族の生存捕鯨、伝統捕鯨、大規模商業捕鯨に分け、それぞれの実態を写真入で説明しながら、国際捕鯨委員会IWC)の歴史をわかりやすく説明していました。
 IWC捕鯨管理は失敗の歴史でした。まず悪名高いシロナガスクジラ換算方式について触れた後、種別に管理する新管理方式NPを導入、その後改訂管理方式(RMP)を科学委員会がまとめた経緯を紹介した。
 印象的だったのは、(1)新管理方式を特に批判していなかったこと。NPは不確実性への対処が不十分だが、初期資源量の54%以下に減ったら禁漁とする点はRMPと同じであり、それで十分乱獲を回避できると考えている印象を持った。(2)IWCは最初は捕鯨国の条約であり捕鯨者の利益と鯨類の保全を天秤にかけると言う趣旨であることを強調していた。これは講演題目にも反映されている。(3)NPのあとRMP完成までの商業捕鯨の一時停止moratoriumが実施されたが、1993年に科学委員会SCがRMPを合意した後、IWC総会がそれを採択しなかったために当時のSC議長が辞任し、翌年ようやく総会が採択したことを紹介していた。私は当時関与していないが、総会ですぐに採択しなかったことが科学委員としてよほど残念だったのだろう。(4)一時停止の後もノルウェーはRMPにおおむね従った商業捕鯨を続けていること、日本とアイスランドが調査捕鯨をRMPと無関係に続けていることを紹介した。(5)先住民捕鯨はRMPよりも緩い管理を採用している。鯨類だけでなく先住民の生存と利益も考慮し、RMPには捕鯨者側の利益が考慮されていないことを強調した。(6)クジラの個体群と管理単位の相違についても説明したが、遺伝解析は有効だが、個体群間で移動率が高いならば、遺伝的な差を理由に管理単位を分けるべきではないと主張していた。(7)捕鯨による死亡だけでなく、船舶の衝突などの人間活動によってもクジラが死んでいることを紹介した。(8)先住民捕鯨については、利害関係者との合意によって管理を進めていることを紹介した。商業捕鯨においては、IWCから利害関係者が直接かかわっていない(9)IWCは大型鯨類しか扱っていないが、実はIWC管轄外の鯨類で絶滅の恐れがあるとも指摘していた。(10)最後に、南氷洋商業捕鯨の再開は明言しなかったが、先住民捕鯨と(日本などの)伝統捕鯨の存続の必要性は明確に認めていた。
 科学者は、行政や利害関係者に対して時には厳しい条件を課す。それは彼女も同じだろう。しかし、人間の活動が環境問題と両立する解を探すのであり、決して無理な要求をしているわけではない。環境問題を口実に一部の人間活動だけを禁じるのは、科学者として得策とはいえないだろう。会場から船舶による事故死をなくせないのかと質問が飛んだとき、それは人間活動の利益との兼ね合いと答えていた。その通りである。この議論により、IWCが利害関係者を締め出して捕鯨だけに極度に厳しい対処をしていることの問題点が浮き彫りになった。
 考えてみれば、愛知万博でも、我々はけっして万博の中止を求めたわけではない。当初は考えられもしなかった海上の森の西地区だけを使う計画で、いま万博は「立派に」運営できている。知床世界遺産においても、科学委員会が妥協点を探した結果、登録にこぎつけることができた。私がかかわった例だけを述べたが、科学者の社会的役割はきわめて大きい。同時に、利害関係者と科学者が直接議論する場が必要である。残念ながら、IWCにはそれが欠けている。せっかくRMPという順応的管理の最先端の例を開発しながら、それを実行できなかった。利害関係者を締め出し、捕鯨を否定したことが、IWCの失敗の原因なのだろう。