地域連絡会議の構成員に、行政関係者以外も正式に追加すべきである

2005.12.1頃
 自然再生推進法第8条(資料 3)には「第八条 実施者は、次項に規定する事務を行うため、当該実施者のほか、地域住民、特定非営利活動法人、自然環境に関し専門的知識を有する者、土地の所有者等その他の当該実施者が実施しようとする自然再生事業又はこれに関連する自然再生に関する活動に参加しようとする者並びに関係地方公共団体及び関係行政機関からなる自然再生協議会(以下「協議会」という。)を組織するものとする」という形で協議会を位置づけている。自然再生基本方針(資料 4)において、「自然再生事業を円滑に推進する観点から、土地の所有者等の関係者についても自然再生の趣旨を理解し自然再生に参加する者として協議会への参加を得ることが重要」とされている。世界遺産候補地管理計画(資料 5)においてこの協議会に該当する組織は地域連絡会議を置いて他にはない。ただし、管理計画では「候補地は、上記の各種制度を所管する環境省林野庁文化庁及び北海道が、地元斜里町及び羅臼町、その他の関係行政機関、関係団体との密接な連携・協力のもとに一体となった管理を行うこととし、今後管理体制の一層の充実に努めていく。また、地元の関係団体等は、候補地の適正な保全・管理が円滑に図られるよう協力する」という形で、行政諸機関のみが構成員であり、地元関係団体等は「協力する」立場に留まっている。これは前近代的な形態であり、上記の自然再生推進法と比べても対照的である。合同事務局には、自然再生事業と世界遺産の管理の目的や趣旨の差から、この体制の相違を説明できる根拠を示す説明責任がある。
 間接民主主義における行政機関は、議会による決定の範囲内で一定の裁量権が認められている。しかし、その裁量権は常に情報公開と市民参加によってチェックされて始めて正当性(legitimacy)が保たれるものである。したがって、管理を主体的に担う関係者の意思を自動的に行政が代弁しているのだという解釈は成り立たない*1
 特に、世界遺産海域管理計画では漁業者団体の自主管理がその中軸となっている。これは、実質的な事業主体となっていると理解される。それにもかかわらず、地域連絡会議の正式構成員になっていないことは不合理である。
2)「科学委員会も、地域連絡会議の正式構成員になるべきではないか」および「科学委員会は正式な構成員ではなく、助言を行う立場でも良い」という見解について
 上記の自然再生推進法(資料 3)においては、個別の事業に対して専門家の科学委員会を設ける規定はないが、上記第9条のように専門家を正式構成員とすることが明記されている。したがって、自然再生事業と世界遺産における合意形成の過程における科学者の役割が同じならば、世界遺産の地域連絡会議においても科学委員会に参画する科学者の一部またはすべてが正式構成員となることができると理解される。ただし、自然再生推進法の条文自体は、科学委員会という組織代表を地域連絡会議の正式構成員とする例ではない。
 科学委員会が傍聴する際には、助言者としての役割が求められていると考えられるが、正式構成員であるとは、科学者もしくは科学委員会が利害関係者の一員であると理解される。科学委員会はその設置要綱第1条において「世界自然遺産に推薦された知床の自然環境を把握し、科学的なデータに基づいて陸域と海域の統合的な管理に必要な助言」を与える組織であると明記されている(資料 6)から、正式構成員というよりは傍聴し助言しえる立場として地域連絡会議に参画することが自然であろう。
 知床が自然環境の原生的要素が多く残されているとはいえ、縄文時代以降の人間の営みが大きな影響を与えた自然であることが認められている。そのような場合には、「専門家としての科学者の使命は、まず、科学的命題と価値観が関わる判断を区別し、前者に関しては、信頼性の高い情報や実証的分析結果は何であるか、どのような調査や分析によってデータの信頼性を高めることができるかを、一つ一つ明示していくことである。異なる価値観の下に展開される計画がどのような帰結をもたらすかについて、科学的な予測を示すことによって、合意形成に寄与することが重要である」
資料 7)。この指針によれば、科学者が利害関係者の一員として、専門家としての価値判断を述べることもありえるが、それ自体が科学的命題ではないことに注意すべきである。また、科学委員会に参加する科学者が同じ価値判断を下すという保証はない。科学委員会の設置要綱第1条(資料 6)によれば、科学者は自身の価値判断を述べることを付託されたのではなく、科学的見地から問題点を整理し、合意形成に寄与することが求められていると考えられる。
3)科学委員会に意見を求めずに合意形成を図ることがないよう、担保が必要である。
 関係諸主体の協働に基づく合意形成を行う場合、地域が管理の担い手の中心となるが、知床に関心をもつ全国全世界の人々との協働(開かれた地元主義、井上真 私信)が必要と考えられる。けれども、各主体の知床との関係性や責任の軽重は多様であり、形式的に平等の関与の機会を与えることは、却って意思決定の不公正を招く*2。また、公式の合意形成機関だけでなく、非公式の協議の場での多様な主体の討議過程自体が管理目的の共有と協働をもたらすという討議民主主義の重要性が指摘されている*3。したがって、単に地域連絡会議や科学委員会(及び科学委員会が組織したワーキンググループ)により議論だけでなく、多様な機会を通じ、多様な関係者や専門性を有する科学者との議論の場を確保し、その議論の内容と過程を公式の合意形成の過程に伝達することが重要である。
 2004年秋の段階では、科学委員会として独自に助言をとりまとめたにもかかわらず、結果的に政府回答に反映されず、かつ政府回答まで助言が公表されなかった。科学委員会として独自に意思を公表する場が必要である。そのために公開のウェブサイトをもつことが必要である。*4
 また、科学委員会設置要綱(資料 6)第6条及び知床国立公園利用適正化検討会議設置要項第6条(資料8)において、「検討会議は、知床世界自然遺産候補地地域連絡会議及び知床世界自然遺産候補地科学委員会との連携・協力を図る」とあるように、利用適正化検討会議に対しても科学的見地から助言を行い、いっそうの連携・協力を図るべきである。

*1:井上真『コモンズの思想を求めて』岩波書店、2004年

*2:柿澤宏昭(2001)総合化と協働の時代における環境政策と社会科学―環境社会学は組織者になれるか― 環境社会学研究 7: 40-55

*3:篠原一(2004)『市民の政治学』(岩波新書

*4:2005.12.25加筆