生態学メールリストjeconetへの投書から

Date: Wed, 6 Jun 2007 23:48:53 +0900
岸さま
しっかりした切実なご意見、ありがとうございます。【】国家戦略の委員もこのMLを呼んでいます。jeconet読者だけではもったいないので、差支えなければ私のサイトに転載させていただけませんか?いつかお会いしましょう。

Date: Wed, 06 Jun 2007 23:26:56 +0900
松田先生、 諸先生方へ*1
大変興味深いお話をお伺いでき勉強になります。すでに話題は変わってしまいましたが、第2の危機に関して、実際に現場にいる者の声をお届けし少しでも反映していただけないかと思い長い文章で恐縮ですが送信いたします。
 私は、17年来、神奈川県の茅ヶ崎・藤沢等で生き物の調査や、保全作業を通して地域の自然と向き合っている一市民です。谷戸を中心に活動しています。
 当地からみた生物多様性国家戦略の問題点は、都市近郊のわずかに残された自然にさえも第2の危機対応をしっかりしなくてはいけないと読み手に誤解されてしまう点です。
 概要版「いのちは創れない」には、生物多様性の現状として第2の危機「里山の荒廃・中山間地域の環境変化等の人間活動の縮小や生活スタイルの変化にともなうインパクト」と書かれてあります。この中の「里山の荒廃」がもたらす生物多様性への影響は、場所によりもっと丁寧な説明が必要です。
 当地は南部の砂丘地帯と北部の丘陵地帯に大きく分かれ、砂丘地帯はすっかり市街化され、北部の丘陵地にわずかに自然が残っている場所も人間の影響が大きな場所です。
 その中で、最も生物多様性の高い場所が谷戸です。絶滅が危惧される生き物が最も多く生息している場所でもあり、茅ヶ崎市の自然環境評価調査ではコア地域(最優先に保全を図るべき場所)に指定されており、藤沢市の自然環境実態調査では保全コアエリアになっています。数多くあった谷戸は40年ほどの間に埋め立て等で激減し、今も良好な自然が残されている谷戸は両市とも2〜3か所しかなく、おまけに孤立した状態になっています。
 特に谷戸低地の湿地は周囲に同様な環境が存在しないため、この環境を失うと行き場を失う生き物が多く、当該地域から絶滅してしまう可能性が大きいのですが、「里山は人手が入ることによって生物多様性が保たれてきた」との言葉を鵜呑みにし、昔のように人手もなく周辺環境も自然がなくなっているのに、小さな谷戸を昭和30年代の土地利用に戻そうという話も出ます。現実に谷戸の一つでは善意のボランティアによって湿地がすべて田んぼに変わり、生物多様性が低下してしまいました。
現在の谷戸は、斜面林・流れ・休耕湿地(ヨシ原・低茎湿地など)・水田・畑地と多様な環境が混在し、生物多様性がとても高い場所ですが、農林業の見地からは荒廃していると映ります。谷戸低地の環境を多様性の順に並べると、畑<乾田<湿田<休耕田となりますが、休耕田よりも水田のほうが多様性が高いと思っている人が多いのが現状です。
こういった混乱は以下の3点によって起きているように思われます。
 その一つは、生物多様性国家戦略における「里地里山」の範囲が広いにも関わらず、過疎の問題をベースに「里地里山」の問題点が限定化されている点にあると考えています。都市近郊にある谷戸底の低茎湿地やヨシ原はほかに代替え地がないため、絶滅が心配される生き物の重要な生息地になっているということがもっと認識される必要があります。
次に、里地と里山を一つにくくって語るために問題点が的確になってないことです。「第3節生物多様性からみた国土の捉え方の(2)里地里山等中間地域」ではunderuseの問題から「地域特有の多様な生物の生息・生育空間の質が低下しつつあり絶滅危惧種が集中して生息・生育する地域の5割前後が里地里山に分布する事がわかってきました。」と書かれていますが、里地の絶滅が心配される生き物は開発等で生息地が消失したり、改変によるダメージを受けたりする事によるものが大半ではないでしょうか。私は松田先生のおっしゃる「第2の危機の大写し」をこの部分に強く感じます。
3番目に、目的が生物多様性なのか、農業政策なのかをもう少し区分して考える必要性を感じます。里山保全し持続可能な利用をしようとするので、もちろん関連は深いのですが、農村地域の自然環境や野生生物の情報を把握するのに「田んぼの生き物調査」だけしか書かれてないのは疑問です。
 茅ヶ崎では、都市化が進む平地部の水田を減少させないために友人たちが、タゲリ米の取り組みをしていてこれは農水省のモデル事業になりました。私たちもこの活動を支援していますが、同時にコア地域における湿地の重要性も訴え続けています。
今回の議論からははずれますが余談として…
 3つの危機に対しての方針として「保全の強化」「自然再生」「持続可能な利用」があげられていますが、「自然再生(あるいは修復)」という言葉は私たちにとってトラウマとなっています(笑)。なぜなら、今私たちが保全管理に携わっている谷戸では環境修復という名の土木工事によりごく短時間で破壊されかかっているからです。計画段階で行った調査の結果が「いろいろな環境をパッチ状に残し…」となっていても、読み手が自然をよく理解していないため、谷戸低地に重機を入れてヨシを抜根し環境をリセットしてから畦という名の小堰堤で仕切り、その中にいろいろな水辺環境をパッチワークのように作ろうというものでしたから…。
 現場はそういう次元であることが多いので、誤解が少なくなるような工夫が必要と思います。この誤解の遠因かとも思うのは、生物多様性国家戦略の中での谷戸の表記です。「山あいの谷間に細長く分布する谷戸地形は微妙に異なる水分条件に対応して多様な生物が分布するポテンシャルを持っています。こうした谷戸のポテンシャルを生かして多様な生息・生育空間を設けることができます。」とありますが、谷戸は山あいよりも大半は台地や丘陵地に存在する地形だと思います。それはともかく、重要なのはポテンシャルではなく、現状一番多様性が高い場所であることです。上記の表現では、今後も谷戸の湿地で「壊して作るパッチワーク」工事が行われてしまう危険性を感じます。
 以上長くなりましたが、湘南地方から生物多様性国家戦略を見た感想を書かせていただきました。
茅ヶ崎野外自然史博物館http://yagaihaku.eco.to/
岸   しげみ

*1:岸さんのお許しを頂いたので転載させていただきます