人と自然の相互作用の価値を問い直す

吉田正人・筑波大学世界遺産専攻吉田ゼミ著「世界遺産を問い直す」(2018年,山と渓谷社
Date: Sat, 1 Sep 2018 23:29:26 +0900
 久しぶりに一気に読破できる本に出会った。読みやすい。世界遺産は世界と日本で極めてよく知られた制度だが,危機に瀕しているという(184頁)。特に自然遺産において,人と自然の相互作用の価値が忘れられてしまったからだという。
 本書は日本の自然遺産を紹介する章構成にみえるが,主題は自然保護区における人と自然の関係の価値を取り戻すことにある。もともと世界遺産はそれを重視していたという。世界遺産の起源はユネスコ文化遺産,IUCN(国際自然保護連合)の自然遺産,米国の世界遺産トラスト運動であり(20頁),これらを一つの条約にまとめる動きが,イエローストーン国立公園100周年の1972年にストックホルムの国連人間環境会議を機に世界遺産条約を生んだという。
 自然遺産の評価基準は,1977年の作業指針の段階では (ii)「進行中の地質学的,生物学的過程,人と自然の相互関係」であったものが,1992年には「地質学的」が基準(i)に移動し(25頁),「人と自然の相互関係」が文化遺産の「文化的景観」の基準に統一されたという(27頁)。IUCNの1971年の文書には自然遺産の定義として「人によって改変された地域も含む」とあり,二次的自然を視野に入れていたという(28頁)。
 結局,文化遺産と自然遺産を目指す別々の動きがあり,それを一つの制度にまとめたものであって,それぞれイコモス(国際記念物遺跡会議)とIUCNが分かれて審査する別の制度になってしまった。自然遺産における文化的価値,文化遺産における自然の価値にはあえて触れない(31頁)。複合遺産は自然と文化の「合わせ技」でなく別々に審査され,両方の基準を独立に満たす場合にのみ登録される制度となった。2013年の世界遺産委員会でカナダのピマチョイン・アキ遺産の先住民がそれに異を唱え,自然と文化の関係性に関する評価方法を検討することが決議されたという(4頁)。
 一つ思いついたことは,文化遺産の基準(vi)「顕著な普遍的価値を有する出来事(行事)、生きた伝統、思想、信仰、芸術的作品、あるいは文学的作品と直接または実質的関連がある(この基準は他の基準とあわせて用いられることが望ましい)」を使えば,「合わせ技」の複合遺産が可能ではないかと思う(13頁)。この基準を自然遺産の基準と合わせれば複合遺産になるかもしれない。
 本書は,人と自然の相互作用の価値を世界遺産で評価することの正統性を説き,日本の自然遺産(2-6章)と富士山と紀伊山地(7章)という文化遺産を例に具体的にその価値を述べ,最後に世界遺産の変革を論じている(8章)。しかし,結局のところ,世界遺産条約の条文を変えない限り,世界自然遺産だけで人と自然の関係の価値を評価し,守るには限界があるようにも思えた。世界遺産の管理計画は登録時の評価基準を守ることに追われ,登録地の外側のことはなかなか論じられない(31頁)。
 将来,奄美琉球世界遺産が登録された後の日本の世界自然遺産の取り組みの可能性について,屋久島の海域への拡大,小笠原を再申請して評価基準(iix)「地質・地形」を満たす遺産(まだ日本にない)の追加,そして富士山を複合遺産にすることの3つを説いている(191頁)。さらに,世界自然遺産地域の外側に緩衝,移行地域を設ける,ユネスコ「人間と生物圏」(MAB)計画が取り組むユネスコエコパークとの二重登録に言及している(194頁)。白神では実際に環白神ユネスコエコパーク構想を提案したという(53頁)。MAB計画に係わる者として,改めて意を強くしたが,実際に世界遺産とMAB計画を日本においてどのように連動させるか,ユネスコ国内委員会やMAB計画委員会が果たす具体的な行動提起を考えないといけない。環境省は,奄美琉球を登録させた後は,ユネスコ【世界】ジオパークエコパークの新規登録等との連携を検討していると聞いている。
吉田正人氏はIUCN日本委員会元会長UNESCO Chair on Nature-Culture Linkages in Heritage Conservationであり,世界遺産IUCN勧告にもかかわる専門家です。