里海は生物多様性をはぐくむか

Date: Wed, 1 Aug 2007 18:55:01 +0900
 私は、里山にある【】水田は、元の原生自然にはない生態系だと思います。しかし、【里海の構成要素である】サンゴ礁、干潟、藻場は原生自然にある生態系を人間がそれなりに原型を維持しながら利用しているものであり、利用することによってさらに生物多様性が高まっているとは言えないと思います。「里海」が自然に手を加えて、生産力を人為的に高めている側面はあると思いますが、生物多様性を高めているという根拠があるのでしょうか?
 もともと、里山も里海も、人間が利用するために「設計」された二次的自然であり、多様性を高めるためのものではありません。生産力を維持・増強するために生物多様性を維持してきたとは言えると思いますが、自然以上に豊かとはいえないと思います。里山、特に水田やため池はもともとの湿地とは別の生態系だと思いますが、里海の構成要素で、それに類するものはないと思います。

Date: Thu, 2 Aug 2007 17:51:24 +0900
(堀正和さんのご意見)

里海は定義が確定していないがゆえに使う人によって様々な意味で用いられ,多くの誤解を生じています。ましな間違いでは,沿岸域を自然再生することを里海創成と呼んでいる例を見かけます。悪い例では,沿岸開発(護岸等)する時の大義名分として里海創成と言ったり,漁場として特定の生物生産のみ向上させた海域を里海といったり,悲しい例では人が触れ合える身近な海を里海と呼んでいました。どれも生物多様性について正確に言及している例を周辺で見たことが ありません。「里海は里山の海版である」という認識されていますが,そもそもその認識が間違いであることに加え,多様性国家戦略や里山自体について正しい認識がないのが一因だと思います。
松田さんがおっしゃる代替生態系としての価値は非常に解りやすいと思いました。機会があれば,里海に関する間違った使い方を指摘してもらい,正しい認識を啓蒙して いただきたいです。
あと,一点,里山に関してもご意見いただきたいことがあります。代替生態系としての役割については,里山も多少は里海と同じ問題を抱えていると考えています。例えば日本の水田は,昔は湿地を利用した湿田が多かったと記憶しています。現在に至るまでに乾田に転換したためにその面影はありませんが,稲作という特定の生態系サービスの為に湿地を改変させたという認識は間違っているでしょうか。

 最後の現在の水田が必ずしも代替機能を果たしていないというのはその通りだと思います。また、湿地に比べて多様性を高めているかどうかですが、狭い面積で多様性を維持するという意味では、湿地より有効だと思います。多様性の維持機構として遷移と自然撹乱の釣り合いがもたらすモザイク(Christensen et al. 1996の表現)がありますが、湿地に戻して多様性を維持するには、ある程度広い面積が必要でしょう。すでに河川管理で自然撹乱が激減したあとで、狭い面積で多様性を維持するには、水田のような人為活動(遷移を止めている)が必要でしょう。さて、それに類することが里海にあるかといえば、私にはあまりイメージができません。