BBC「テロとの戦い」にみる予防原則批判

Date: Thu, 15 Dec 2005 17:34:39 +1200
○○様

 このあいだ、BBCが2004年に作った「テロとの戦い」の番組を見ました。この番組は、テロ組織が世界を脅かすというのはネオコンの戦略的宣伝で、アメリカを一つにまとめて軍需産業を発展させるための方便だ、ということを示そうとしています。
 それはともかくとして、その中で、環境問題における予防原則を引き合いにだし、「これが原因だ」ということが証明できなくても、疑わしいときには対策をたてる、という環境問題の予防原則を拡張して、「テロの犯人だと証明できなくても、疑わしいときには逮捕してよい」という予防原則が使われている、と主張していました。そして、テロの予防原則だけでなく、環境問題の予防原則も危ういものだという感じを出していました。これって、少し違うと思うんだけど・・・

 以下の統計学的文脈*1に従えば、私は予防原則とは第1種の過誤よりも第2種の過誤を避けることを優先させる原則だと思います。通常の科学や裁判は、逆に第1種の過誤を避けるのが大原則で、その危険率を5%以下にするというのが有意差の標準だと思います。しかし、予防原則には、第2種の過誤をどの程度まで低くすべきかとか、どのような「深刻または不可逆的な(地球規模の)(環境)影響の際に適用すべきか」という標準がありません。また、その判断が将来どのようにして検証されるべきかとの担保もありません。その意味では、まだ危ない原則であることに間違いないでしょう。
 ですから、私は無条件で予防原則を適用すべきだとは思いません。また、将来どのように検証されるかを明確にするというのは大原則(順応的管理の原則)で、その担保が必要だと思います。しかし、予防原則自体は必要だと思います。【】
 したがって、上記の放送が「注意して使え」という意味なのか、「使うべきではない」という意見なのかが問題です。
 さて、上記のテロ対策の件ですが、次の2点は、門外漢ながら私なりに感じます。
1)テロ対策で予防原則を採るのが絶対に誤りとは言えないと思います。少なくとも、警察は捜査段階で予見(偏見)があるはずです。入国審査でアラブ人に時間をかけることが間違いとは一概にはいえないでしょう。差別だとは思いますが、では全員を入念に疑えとは言いがたいです。一定のルール(別件逮捕のぜひ、令状提示の義務など)があるでしょうが、9.11のテロが既存の体制では防げない状態だったとすれば、何らかの予防的な対策を採ることがすべて間違いとか、不当とは私は感じません。また、新たな適用基準を作るのには時間がかかります(環境政策での予防原則も、まだ適用基準は不明確です。これは予防原則を認める私たち科学者の責任でもあります)。基準のない段階で予防措置を採ったことが間違いとは、私からはいえません。それは環境政策予防原則も同じです。
2)しかし、イラク戦争の場合、事前に言っていた予見(フセイン大量破壊兵器を持っている)が間違いであったことがはっきりしたのですから、米国とその同盟軍(日本を含む)はその過ちを認めるべきだと思います。予防原則を適用した仮説が間違いとわかっても何の反省もないというのでは、どんな予防原則も認められません。明確な説明責任の欠如です。イラク戦争戦争犯罪だと思います。【】
 事後に間違いと判明しても改めないのが予防原則という印象をBBCが報道したとすれば、それは明白な予防原則の誤用の例であり、予防原則自体の批判には当たらないと思います。【】
特に上記の内容が直接かかれてはいませんが、下記、ご参考まで。
2004文部科学省科学研究費補助金基盤研究(C)(企画調査) (16631004代表者松田裕之) 予防原則の適用基準とその科学的基礎に関する学際研究
Matsuda H (2003) Challenges posed by the precautionary principle and accountability in ecological risk assessment. Environmetrics 14: 245-254.
[B16] Matsuda H (2004) The importance of the type II error and falsifiability. International Journal of Occupational Medicine and Environmental Health 17:137-145 (republish of Matsuda 2003: Eur.J.Oncol. Lib.)
Date: Thu, 15 Dec 2005 19:10:56 +1200
【】
 予防原則一般の是非としてはまだ問題が残されているが、必要である。
 個別の問題への適用の評価は、個別に行うべきである。(上記の個別の逮捕に賛成しているわけではありません)問題が別でしょう。
 3年前だったか。この外務省シンポで自然の権利運動の指導者であるクリストファー・ストーンに講演してもらい、予防原則に懐疑的と明言していたのは印象的でした。もちろん、全否定という意味ではありません。

*1:第1種の過誤:ある仮説が真実でない(偶然の産物)であるのに、その仮説を採用する誤り。帰無仮説の棄却率で定量的に評価される。第2種の過誤:ある仮説が真実なのに、その仮説を採用しない誤り。